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ありけんエッセイ集


有田健太郎のエッセイコーナーです
by ak_essay
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角を曲がってバスが来る(エピソード2)

バスはなかなかやってこなかった。
腕時計を見てため息一つ、石段に座り込む。
そうすると世界はまた少し違って見えた。
携帯電話なんてまだ普及しきっていない時代。
腕時計を腕につけるのが嫌いだった僕は、再びそれをバックのチャックにしまった。

交通量が少ないとはいえ、ここは国道4号線。
通り過ぎる車の音というのは意外に大きいもので、遅い午前、目の前をシャー、ゴーと無関心に行き交っていて。
向かい側、再びやって来た市内方面のバスは、人をさらって右へとやがて小さく消えていった。

はぁ

道路が空いていて、時刻より先に行ってしまったのかな。
赤松林の向こう、岩手の名峰『早池峰山』の緩やかな山肌がきれいなラインを描いていた。


〜角を曲がってバスが来る〜『北国、中島みゆき号』


19歳の夏頃だったと思う。
学生だったありけんは、バスにて通学をしていた。

岩手県では、どの地域でもよく見かける路線タイプのバスも走っていたが、自分が利用するバスは、遠足や修学旅行などで使われる観光用タイプを路線にしたもので、出入り口が一つしかないやつだった。
オレンジ色の大型バスは相当古かったが、シートはゆったりしていて、網棚、お茶受け、灰皿やカーテン、テレビなども付いていて僕は好きだった(もっとも、禁煙で、テレビも映ったのを見たことはなかった)。

1時間に1本といったバスはよく遅れてきた。
ひどい時は、珍しく定刻にやってきたバスが、実は一本前のバスだったこともあった。
なにより驚いたのは、地域がそれを当然としていることだった。
山村では時間の単位の幅が大きいのである。


そんなバスを利用していた僕だが、その日待っていたのはいつもの学校行きバスではなくて、『プータロ村行き』というバスだった。

意味が分からない。
ごくたまに幻のように見かける『プータロ村行き』バス。
目撃情報からしても、それは1日ごくわずかな運行本数だったと思われる。

インスピレーション。
僕の頭に浮かんだプータロ村は、かなり悲惨な村だった。
僕はその場所がいったい何なのかを確かめるために、その日そのバスを待っていたのだ。

やっとやって来たプータロ村行きバスは、何の悪気もなくドアを開けて僕を乗せた。
さすがは車社会地域、どれだけ遅れても乗客はわずかである。

やがて、いつも曲がる交差点を曲がらずに進み始めると車窓は新鮮となり、ワクワクしてきた。

いったいなんなんだ。
プータロ村って。


乗ったときからなんだか少し雰囲気が違うなと思っていたのだが、ようやく原因に気がついた。
ずっと音楽が流れているのである。
しかも、『中島みゆき』ばかりが流れている。

いつもは当然、無音なバスなのに。
まったく、運転手のヤツ、ラジオをつけてやがる。

きっとラジオで中島みゆき特集でもやっているのだろうと思っていたのだが、あるとき曲中で音が途絶え、少しの間の後、再び曲の途中から続きが始まった。

オートリバースだ。

なんてこった、運転手のやつ、中島みゆきのカセットテープを流してやがった。
マイカー気分だよ。

しかも他の客も別に普通顔で、違和感のない、むしろ大地に似つかわしい雰囲気になっているのだ。
もう、笑ってしまう。

中島みゆきさんは好きで、尊敬もしているが、当時はロックミュージックの方がよかった自分はヘッドフォンのボリュームを上げた。

岩手の車窓は地味な宝石。
シートを倒し、窓にへばりついたままの僕。
お茶受けには、ジョージアのロング缶。

正午を回った大自然、彼方まで続きそうな真っすぐ道をオレンジバス『中島みゆき号』がゆく。
プータロ村に向かって。


岩手山の山麓、八幡平(はちまんたい)という大高原。
確かその入り口近くだった。

だだーん。

好奇心旺盛の青年ありけんは、ついにプータロ村の入り口に立った。

しかし、なんというか、閉園していた。
なんてこった、千数百円もかけて来たというのに。

プータロ村とは、自然に即した小さなレジャー施設だった。
想像していた、仕事もバイトも何もしてない若者達の吹き溜まり場ではなくてよかったと思った。

というか、閉園しているなら何かしらバスに表示しておけよ。
『プータロ村(本日やってません)行き』とか。

僕はせっかく来たので、閉まっている大きな水色の門脇をよじ上って侵入した。

園内に入ると、川の水を引いて作った雰囲気のよい釣り堀があって、たくさんのニジマスやイワナがキラキラと翻(ひるがえ)った。
しかし、その中に気色の悪い1メートル近くあるサメが泳いでいたので驚いた。
なんでこんな山中にサメがいるんだ、どう見てもサメじゃないか。
驚いた。

辺りを見回し、なんだか怖くなった僕はプータロ村を後にした。


『岩手山麓の清流で、でっかいサメが泳いでいた』
その後、仲間にそう話してもだれも信じてくれなかった。
そのうち自分自身も話しながら、あれは幻だったのかなぁと思うようになった。

後に、そのサメは幻でなく『チョウザメ』だったということがわかった。
岩手では実験的にチョウザメ(ロシアの川などに生息する軟骨魚で、その卵はキャビアとして名高い)を飼育しているということだった。

また行く機会があったら、たくさんのキャビアを持って帰ってこよう。


あれ以来僕は『中島みゆき号』に乗り合わせたことはない。
また、お気に入りのテープを流している路線バスに乗り合わせたこともない。


白いガードレールがどこまでも続く、真っすぐな夏道。
岩手山麓の緑大地をオレンジ風になって駆け抜けるバスからは、素敵なミュージック。

今でもきっと走ってろ。





次回は『臨時停車、ぼくんち前』です



角を曲がってバスが来る(エピソード2)_e0071652_0253715.jpg
【中野区、新井薬師前にて】
先日、中野の新井薬師寺に寄った。
午後の日射しはもうきついのだけど、風はまだ気持いい。
よいベンチでよい時間を過ごした。


角を曲がってバスが来る(エピソード2)_e0071652_0304855.jpg
【気持は分かります】
寺番じいさん一休み。

by ak_essay | 2009-06-29 07:36
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