ありけんエッセイ集


有田健太郎のエッセイコーナーです
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真夏の闇とオレンジ

夏休みの数日間は、福岡の甘木(あまぎ)市にある祖父母の家で過ごすことが一家の行事となっていた。

筑後川の近く、水田地帯である甘木は、小川や用水路などがそこら中に走っていて緑豊かだった。

祖父はよく、魚や虫採りが好きな僕らを連れて、クワガタ採りや釣りなどに連れて行ってくれた。
それだけでは足らない僕は、時間を見つけては祖父の大きな自転車で知らない水田地帯を駆け抜け、遠出や探検をしたものだった。
僕は、甘木に行くのが好きだった。


ある日、夕食を終えた僕は祖父の大きな自転車で、夜の散歩に出かけた。

関東や東北と違って九州の日の入りは遅く、夏は19時を過ぎてもまだまだ空が明るい。
花火をするときに、準備は万端なのにまだ空が夕焼で、暗くなるまで「まだ?まだ?」と待たされたのを覚えている。

そんな西の夕焼けがまだ抜けきれない紫の夜口を、心地よく自転車で横切っていた。


僕は、僕がじっとしていられなくなった理由を知っていた。
それは、ずっと遠くから、輪郭をなくして聞こえてくる太鼓と盆踊りの音頭だった。

音をたよりに自転車を走らせていると、ずっと向こうにぼーっとオレンジの光を放つ場所が見えてきた。
盆踊りなのかそれとも何かのお祭りなのか、規模はかなり小さく、聞こえてくる音頭は自分の故郷のものとは違いっていた。

ようやく祭り場まで達した頃は、空もしっかり夜に包まれていて。
僕は素知らぬ顔で伺いながら、祭り場の横をゆっくり通りすぎてみた。

キャンプファイヤーのような焚き火が、ぶら下げられたオレンジ電灯の世界の中で、パチパチと夜空の中心へ揺れる熱気を送っている。
広場の中心には小さな櫓(やぐら)が組まれていて、踊りの合間なのか、櫓の上にも回りにも人影はなく、テープの音頭だけが大音量で流れていた。

人達といえば、円形の祭り場の外周でそれぞれ自由に座ったりしゃべったりしていて。
その中を自分と同じくらいの子ども達が自由に駆け回っている。

通りすぎた僕は、もう一度ゆっくりUターンして祭り場の脇に自転車を止めた。

電柱だったろうか、とにかく入り口の木柱。
その影から僕は、より様子を伺った。

きっとその地区だけのお祭りなのだろう、みな顔見知りのようで親しげに話したり食べたりしている。

僕は出店が気になった。
何の出店かは分からないが2、3軒しかないそこは裸の電灯に包まれ、大小の子ども達で賑わっていて。
お小遣いをポッケに確認した僕は、体中から勇気を集めてみた。

しかしその時、自分よりも少し年上に見える日に焼けた子どもが、フラフラと自転車でやってきて僕を見つけた。

その少年は、そのまま水族館の大きな魚のように目もくれず、ゆっくりハンドルをきって横切っていった。

ドキドキしてきた。

だけど僕は、出店に行ってみたかった。
自分がこのオレンジの中に入っていって、自然にとけ込めるかどうかを想像してみた。

柱の影からじっと伺っている僕は、ちょうど明るさと闇の狭間。


やがてさっきの少年が、日に焼けたランニングシャツの仲間達を連れて戻ってきた。

砂地で所々草の生えた祭り場の入り口あたり。
自転車に腰を浮かして、ゆっくりと円を描きながら時々こちらを伺う坊主頭の少年達は、なんだか悪そうにみえた。

僕は、ふいっと気にも止めないそぶりで、だけども飛び出しそうな心臓とともに自転車の所へ戻り、スタンドを上げて発車準備をした。
そしてもう一度入り口を見た。

オレンジ色の熱気の中で、少年達はそれぞれ回っていた。
まるで暴走バイクを運転するように、口でブンブンいいながらアクセルを回すふりをしている少年もいた。

「おんどりぃ!めんどりぃ!」

一人がそう叫んでいた。

少年達はずっとこちらを見ているわけではなかったが、全てが僕に向けられていると感じた。

3段変速の自転車を『軽』にした僕は、勢いよく漕ぎ出し、祭り場の明かりが届かなくなるあたりで『中』に切り変えた。

もう一度振り返ってみた。

少年達は、暖色の明かりの中から追ってこようとはしなかった。

「おんどりぃ!めんどりぃ!」

そう叫ぶ声は次第に遠くなっていった。


闇に目が慣れてきた頃、サドルの回転を一瞬止め、『速』へと切り替えた。
重たくなったサドルをぐいぐいこぐと、風で髪がたなびき、さらにこぐとまるで車よりも早いような気がした。

遠のいた祭り場は、深紺の中、海洋を行く巨大客船のようにぼうっと浮かんでいた。

大きく深呼吸をした僕は、ジグザグに運転したりした。

人影などない、水と虫とカエルの鳴き声が空まで届く用水路脇の道は、田んぼの中を真っすぐに伸びていて。
さっきまで闇としか見えなかった世界は、月明かりでよく見渡せ、どこまでも広く、居心地よく、自由に感じた。

白い光を落としている街灯の下で、キキッと後ろブレーキをかけて止め。
クワガタ虫を捕まえた僕は、帽子の内側の折り返しのところへそれを隠れさせ、街灯を見上げた。
集まっていた羽虫達は、楕円を描いて闇と明かりの中をうるさく行ったり来たりしている。

再び自転車に乗り込んだ僕は、『軽』『中』『速』とスピードを上げた。


「おんどりぃ、めんどりぃ」

僕も言ってみた。

フフフ、、なんだそれ。

「おんどりぃ!めんどりぃ!」

今度はもっと大きな声で言ってみた。

夜目の利いた少年は、大きく笑いながら夏の夜を駆け抜けていった。






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by ak_essay | 2008-08-29 22:50
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